Sunday, June 21, 2015

課題が始まった

技術研究所では開発の予算が欲しいなら自分で取ってくるシステムを採用している。TR (technical review)とDR (design review)という二種類の審査が上の人から入る。予算が1千万円以下の課題かどうかで受ける審査が変わる。

6月半ばから1千万円以下のしょぼい課題が始まった。本格的な自分の課題はこれが初だ。予算のほとんどは自分の人件費になる。会社で過ごす一瞬一瞬にお金がかかっているということをよく肝に銘じて研究・開発をやっていきたい。ちなみに今回の課題は研究重視。これをきちんとやって、それから予算のもっと必要な開発課題にレベルアップしていく予定だ。内容は平たくいえばガンマ線の測定に関する研究・開発だ。簡単なソフトを書いたりシミュレーションをする。9月に学会発表も控えているので、そのためのネタ作りも内職する必要がある。

なかなかやることが多くて大変だが、一つ一つの仕事がやりがいあるし単純に面白い作業なので、文句はない。強いて言うなら、学会発表をするネタがまだ全然ないのに9月に発表予定が入るのはいかがなもんか、といったところか。ここはPh.D.持ちの人間として実力を見せるところだと感じているので、残業してでもなんでもいいから、内容の良い発表をできるように確実に努力しなくてはならない。先輩社員が先日言っていたが、課題をきちんと進ませておけば、あとはけっこう自由に研究とかやらせてもらえるのは技研の良いところ。その言葉を信じていろいろ頑張ってみようと思う。

Sunday, May 31, 2015

研修終わった

そうそう、5月29日にやっと研修が終わった。

仕事をしたかったのに、毎日遊びみたいな研修をやらされて本当にストレスが溜まった。一時期の院時代のストレス度に近づいていたので、終わって本当によかった。あと一週間続いていたらやばかった。

仕事をしたいのに研修を一ヶ月ってどうなんだろ。無駄なシステムだと思う。なんか別に仕事ですでに学んだようなことを再確認しただけだったし。顧客視点とか繰り返すけど、正直メーカーなんだから当たり前だし。顧客の声が大事とか強調するわりには、特にどうやってそれを効率良く得るのか教えてくれるわけでもないし。この一ヶ月は本当に何だったのだろうか。

運転免許

そういえば書き忘れていたが、3月に晴れて日本の運転免許をとれた。

アメリカの免許をそのまま書き替えるだけかと思っていたのだが、ただの書類手続だけでなく、ばっちり技能試験があった。筆記試験は落ちることが不可能なくらい簡単なものだったが、技能試験は1回失敗した。人によっては4、5回落ちることも。

一つ学んだことは、金を惜しまずさっさと教習所に行く、ということだ。技能試験といっても外免切り替えという比較的簡単なテストなので4ー5時間教習所で練習すれば問題ない。俺がちょっと苦労してこのことを学んだおかげで、うちの奥さんは一発で合格できた。まあ一人3万円くらいかかったから出費が痛かったけど。でもやっぱり免許はIDとして使えるから、持ってないとめちゃくちゃ不便だしね。

ちなみに試験を受ける資格があるのは、海外免許が有効な期間だけ。俺のアメリカでとった免許は今年の3月で切れたので、日本の免許は本当に時間ぎりぎりで取得できた。2回目の試験でも落ちていたら、初心者と同じように教習所に通って20万円とかの出費をしていただろうから危なかった。帰国してすぐに動いていればまだ楽だったのだがね。

Wednesday, April 8, 2015

新入社員研修

明日から新入社員研修が始まる。

1月にやり残した分だ。これから約1カ月半続く。なかなか楽しくなりそうだが、普通に課題が始まっているので、そっちも進ませないといけない。新入社員は規程で残業禁止なんだが、こそこそやるしかなさそうだ。どうせ残業代は出してはもらえないから、プログラミングみたいな趣味の延長線みたいなことしかしないけど。まあ、やることがたくさんあるのは嬉しい限りだ。研修もフォークリフトを分解したりするらしいから、とても楽しみだ。

Tuesday, March 31, 2015

3ヶ月が過ぎた

入社して三カ月が経過した。

今のところは仕事はとても楽しい。新しい分野への挑戦なので知らないことばかりで、仕事自体は調子いいとはいえないけれど、自分自身の気分は良い。仕事と子育てに奮闘し、時間をみつけて趣味(ゲーム)にも励む。院生の頃から描いていた理想の研究者/社会人生活だ。

自分の所属するグループ(部署)ではかなり自由にやらせてもらえる。今、唯一の上司への報告といえば週報を書くことぐらい。それすら絶対強制ではない。形式にそこまでこだわらず、業務に必要な報告は個人が責任を持ってやるという、いたって当然の環境。大企業だとその普通の環境を作り出すことが難しくなったりするみたいだが、さすがは研究所といったところか、とても自由だ。事業部とかがどんな雰囲気かは知らないけどね。

うちの会社は「中小企業に毛が生えた程度」とか揶揄されることもあるみたいだから(転職サイトのレビューとかで見かけた)、大手企業といっても、バカでかい日立製作所とかとはちょっと違うのかな、なんて考えたりもするが、他社のことはよくわからん。

唯一の不平は給料がたいしてよくないことか。それでもうちの会社は悪くないほうらしいけど。まあ日本のサラリーマンだから特別給料はよくないことは理解した上で日本での就職を選んだからそんな文句はないけどね。食っていくには十分だし、きちんと働いて、会社潰れなければ、いずれはお金は貯まるだろうし。

とりあえず日本でのスタートは上手く切れたようだ。核物理に近いことを今はやっているから、どうせだったら生物物理じゃなくて核物理を研究するんだったなぁ、とかたまに思うが、超すごい発明に憧れながら今日も俺は眠りにつく(現実は、実験に必要な機器すらまともに使えない状態だけど・・・)。


Wednesday, November 26, 2014

日本到着

わけあって10月入社でなく1月入社になった。

ということでアメリカでの生活は11月半ばで切り上げて、日本に引っ越してきた。今は両親の実家で世話になりつつ、携帯電話の契約、日本のクレジットカード、アパート探しなどに勤しんでいる。アメリカではGo Phoneという安いプリペイド契約をしていたので、世の中の携帯電話事情に疎くなってしまい、日本でいざスマホだパケットだと調べ始めたが、日本の携帯環境を理解するのにけっこうな時間を要した。当面は安給料で貧乏生活をしたいので、普通のスマホ契約は高すぎる(7000円/月くらい)と感じた。今ちょっと安い方法を模索中。

たまにふとしたときに「うわ、俺日本で生活するんだ」とちょっとした恐怖の念にかられる。今は日本に留学してきた気分で、あえてカルチャーショックを楽しむように心がけている。アメリカとの違いを、不満の対象にするのでなく、こういうやり方もあるのかな、と新しいことを学ぶつもりで生活することが、日本での生活を楽しむ秘訣となるかも。とりあえず来年一年頑張って仕事して、家族の世話をして、めいっぱい人生を楽しめれば合格である。日本の社会の波に飲み込まれるのでなく、荒波に乗って生き残って一皮むけたいところだ。さてどうなることか。

今はただただ1月入社のオプションを掲示してくれた会社に感謝するばかりである。3ヶ月ほど予定より遅れての入社なので、しっかりと良い仕事をして、借りを返したい。日本をより良い国にする、という俺の野心をどこまで貫き通せるか、楽しみであり、不安でもある。とりあえず年内は準備と休憩だ。

Saturday, May 10, 2014

住友重機械工業

長いことブログのアップをしていなかったわけだが、別に急がし過ぎたわけではない。ただ忘れていただけだ。最後のエントリーは住友重機械工業の面談の話だったようだ。最終的に俺の就職活動がどうなったのかをまずは報告しようと思う。

結果から言うと俺は住友重機械で日本での第一歩を始めることにした。最終的にデンソー、安川電機、そして住友重機械からオファーがきた。デンソーは基礎研究所で、安川は北九州にある小倉の研究所、住友は横須賀にある技術研究所と、どれもR&D職でのオファーだったので申し分なかった。この3社はとても親切にしてくれ、冬休みをとって日本に一時帰国した際に(去年の12月)研究所の見学の機会を与えてくれた。

デンソーは、まず本社のカフェテリアでの昼飯で始まり(もちろん名古屋だから味噌カツを食った)展示をみながら偉い人がいろいろ説明してくれて(最終での面接官だった)、基礎研究所に移動した後は、たかが俺一人に対して部長級の方が二人も時間をとってくれ、さらに若い人を5人も呼んで案内してくれ、最後にはめちゃめちゃうまい日本食屋で晩飯をとり、名古屋で一泊と素敵な接待。もちろん採用担当の人は昼からずっと俺につきっきり。とても貴重な経験をさせてもらったし、デンソーは噂どおり半端ない力をもっていると実感した。ちなみに晩飯の時、向こうの人たちはてっきり真面目な研究の話にでもなると思っていたらしいが、俺は基本的にそういう場では世間話が好きだから、全然その辺の話は振らなかった。まあ実はけっこう面白い研究をしている若手の人が横に座っていたので、彼の研究の話だけでもそうとういけたとは思うけれど。別れ際に、もっといろいろ難しい質問されると思って心の準備をしていた、と言われたのでちょっと申し訳なく思ったが、まあ入社したらいろいろ話は聞けるだろうと思っていたので、そのくらいでちょうどいいかな。

住友さんは俺の直接の上司になるであろう方が二日かけて、愛媛の事業所や横須賀の研究所の案内をしてくれた。ついでに二日目には最終(3次)面接もやったのだが、まあ、顔合わせに近いものだったかもしれない。国内の学生が受験する場合は俺が二次面接で会った人事本部長の人が最終面接官らしく(そりゃそうだ)、ある意味、二次を通過した時点で合格みたいなものだったらしい。必ずそうであるかはわからないが、少なくとも俺の場合は。愛媛では自分の先輩になるであろう人も合流してくれて(たまたま愛媛で実験をしていたらしい)他に二人の素敵で仕事ができそうな女性も加わって5人でわいわいと日本料理屋で酒を飲みながら食事をしたのだが、これがまた楽しかった。一人の方はそこの事業部の人事の人だったから、彼女はいろいろ事業部の質問をされるとか思っていたらしいのだが、デンソーの時と同様に、俺は難しい話は無しの方向で勝手にくっちゃべった。久しぶりに日本語で全力で会話ができて本来のくっちゃべる能力を発揮できた気がする。まあ留学生というのは珍しい生き物らしいから、みんな俺の人生になかなか興味を示してくれていたからまあ楽しんでもらえたと思う。

安川さんの見学は正直なところ、まあまあだった。わざわざ羽田で一泊して朝6時の飛行機で北九州まで行ったのに、見学は11時に始まり2時には終わってしまった。1時間くらい、展示の見学をしたのだが、案内してくれたのは、普段案内役をしているおばちゃん。だからもちろんロボットすごいでしょ~かっこいいでしょ~のレベルの会話だけで、それ以上の突っ込んだ話はあまりできず。一応、側に研究所の人が一緒にいてくれたのだが、おばちゃんの存在がちょっと邪魔になり、難しい話は禁止な雰囲気を醸し出す。それが終わって、次は昼飯(そこそこの弁当。弁当は住友さんのほうが遥にうまかった)をしながら、去年9月入社したボストン組(つまり俺みたいな留学経験のある学生)の人が一人と、その人の上司が一人、それから人事の人が二人で、まあ俺が質問してむこうが答えるといった感じ。といってもさあ弁当を食うか~という雰囲気から、急に4人の人間と向かい合って、さあどんどん我々に質問してよ!みたいなことを言われても、いきなりまともな質問が頭に浮かぶわけでもないんだよな~。確かに見学をしたいと言ったのは俺だから、むこうからしたら余程いろいろ話を聞きたいのだと捉えられたのかもしれないけど。どっちかというと、研究所を見せながら、うちはこういうことをしてるんだ~とか、こういう雰囲気で働くのはどうよ?とか聞かれながら、少しずつ、こういう状況ではどういう問題が出ますか?とか、そういや特許に関してはどういう決まりがあるんですか?とか、いろいろ質問が出てくるものなんだよね。少しも生きた研究開発の空気に触れられなかったから、俺は意気消沈して、新幹線で東京に帰った。

ちなみに、もちろんどこの企業も研究開発に関しては、見せれるものと見せられないものがあることは分かっている。しかし、素人の俺が見ても何がなんだかわからないわけだが。デンソーだってウェブサイトで見せてる内容の研究しか見せてくれなかったしね。たとえば自動運転の研究開発なんて全く触れることもなかった。まあこちらから聞けば、少しは教えてくれたかもしれないけどね。どうせ俺は専門外だから、ふ~ん、で終わるだろうけど。

ちなみに東レは2時面接で落ちた。面接官の人と馬が合わなかったというか。まあ俺の研究内容もたいしたことないからね。けっこう専門がかぶるから、しょぼさがばれたのかもしれん。東レリサーチセンター(TRC)のほうで志望を押していれば、もしかしたら最終面接までいけたかもしれんけど。いや、まじで、分析力にはかなり自信あるんだが、化学の新素材の研究を俺がやりたいと言っても、むこうはピンとこないだろうね。仕方ない。TRCの社長さんと部長さんは、ほうほう、と興味を持って俺の話を聞いてくれていた気がする。ただ二次面接ごときで社長が出てくるところが、俺は少し気になったわけだが。やっぱり子会社だからなのか。

住友とデンソーで十分面白そうだと感じたから、日立製作所の2次面接は断った。でかい強い会社で働くならデンソーで十分だし、少し小さめで、でも楽しくやるなら住友重機械でじゅうぶんだと思ったからだ。もし日立に採用されたら、心はかなり揺れ動いただろうけれど、それは単純に日立という世界トップの会社のネームバリューに惹かれてのことだと思う。俺、そもそも電機系はそこまで興味なかったし。まあ車に興味があったわけでもないのだが。ということで住友さんに入社することに決めた。ちなみに10月から働き始める予定である。今は9月までに卒業できるように、必死に博士を終えようとしている最中である。